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一生懸命指導したか──私の原点になった二つの出会い

  • sandaminami-doin
  • 7月1日
  • 読了時間: 4分

更新日:8月14日

(道場のすみっこから # 32)

【2026年7月1日の記録】


1969年、本部道院の稽古納め。

小学五年生の私は、人生で初めて単独演武に挑みました。

緊張で構成を忘れ、返事もできなかった私を前に、開祖は指導者を呼び出し、問いかけられました。


「一生懸命指導したか」


この一言が、私の指導の原点になりました。


経験のないことに挑戦した日のこと


1969年12月、本部道院の稽古納め。

当時の稽古納めは今よりずっと大きな行事で、近隣道院の幹部の方々や外部の観客、拳士の家族も多く集まっていました。


そんな中、小学五年生の私は、人生で初めて単独演武に挑むことになりました。


出場の順番が来て、私の名前を読み上げてくれたのは、いつも指導してくださっていた先生です。 ところが先生は、私の名前を読み間違えられ、「いしいたかいち」と呼ばれました。


子どもだった私は、どう対処していいか分からず返事ができません。

先生は2回、3回と呼び直しますが、私は返事ができないまま。

あの緊張感の中で、先生も焦っていたと思います。


ようやく横にいた大人拳士に「お前のことだ、返事をしろ」と促され、演武場所へ向かいました。


正面には開祖が椅子に座り、まっすぐ私を見ています。 胸が締めつけられるような緊張でした。


演武が始まりましたが、途中で構成を忘れ、頭の中が真っ白に。

それでも体は自然に動き、気がつけば終了の合掌礼をしていました。

周囲から大きな拍手が起こりました。


そのとき、開祖が声を上げられました。


「おい、ちょっと待て。この子を指導した指導者は誰だ」


先生と私の二人が、開祖の前に立つことになりました。

開祖は先生に静かに尋ねられました。


「この子を指導したのは君か」

「はい」

「一生懸命指導したか」

「はい」

「それならいい」


開祖のあの問いには、指導者の年齢や経験にかかわらず、

“本気で向き合うこと” を求める思いが込められていたのだと思います。


こんなことは、そのときに分かったわけではありません。

年月がたって、ようやく一つにつながってきたのだと思います。


この日は、母も見学に来てくれていました。

帰宅した母が、父に静かにこの話をしていたことを覚えています。


少年部の仲間と──大川山での一枚



「大川山で撮影した少年部の集合写真。一戸先生と“田舎の忍者”先生、仲間たちと写る。
少年部の仲間と。一戸先生、そして“田舎の忍者”先生と登った大川山にて。あの頃の時間は、ただただ素朴であたたかいものでした。

山門衆の先生との出会い──家庭訪問の衝撃


少年部の次の担当になったのが、仙台から修行に来られた一戸先生でした。

まだ二十歳でしたが、本当に一生懸命に指導してくれました。

だからこそ、私は今もあの日のことをよく覚えています。


初めての指導の日、先生はこう言われました。


「よし、今日から順番にみんなの家に家庭訪問に行くぞ」


少林寺拳法の先生が家庭訪問に来るなど前代未聞でした。

夜の稽古を少し早めに切り上げ、私と“相棒”の家まで自転車で来てくださったのです。


玄関で「今晩は。今度少年部を担当する一戸です。よろしくお願いします」と挨拶され、 父と母と私の四人で10〜15分ほど話をしました。

両親は本当に驚いていました。


先生の“本気”が、子ども心にも強く伝わりました。


本部の修練システム──人を育てることが修行だった


後に知ったのですが、当時の山門衆の修行は「人を育てること」そのものでした。

  • 白帯(10人位のクラスです)を3級に

  • 3級を2級に

  • 2級を1級に

  • そして初段へ

約7ヶ月で「本部道院の黒帯として恥ずかしくない拳士」に育て上げる。

これが修行だったのです。


開祖の「一生懸命指導したか」という言葉は、この修行体系の中で生まれたものでした。



すべてが一つにつながった瞬間


  • 稽古納めでの開祖の言葉

  • 一戸先生の家庭訪問

  • 本部の育成システム


これらはすべて、ひとつの言葉に収束します。


「人は育ててこそ価値がある」

「人を育ててこそ指導者」


だから今 “今いる拳士”が何より大切だと思うのです


外に向けた広報ももちろん必要です。

けれど、古い先生方がよく言われていたように、


「口コミが一番だ」


というのは、やはり真理なのだと思います。


本当に大切なのは、

「今いる門下生」そのものが、道場の宝だということ。


子どもが挨拶できるようになる。

積極的になる。

生き生きしてくる。


親御さんなら、誰かに話したくなるのが自然です。


大人拳士も同じで、

自分が夢中になっていることは、黙っていても周りに伝わります。


これこそが、最強の広報です。


そして、その根底には、あの日の開祖の言葉があります。


「一生懸命指導したか」


私は今も、その問いに応え続けたいと思っています。


おわりに──原点はいつも“すみっこ”にある


少年部の頃の写真を見返すと、

素朴で温かい“教育の原風景”がよみがえります。


人を育てるということは、時代が変わっても変わらない。

それは、あの頃も、今の道場でも同じです。



■ 少林寺拳法は“人を育てる武道”です


  • 少林寺拳法は、技術だけでなく「人としての成長」を大切にしています。

  • 道院長としての考え方を、保護者の皆さまへお伝えします。



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