top of page

花火大会の日に──少年部の仲間と学んだ“休まない理由”

  • sandaminami-doin
  • 2 日前
  • 読了時間: 3分

(道場のすみっこから # 33)

【2026年7月10日の記録】


多度津町では、毎年8月の第一土曜日に花火大会が開かれます。

小さな町にしては驚くほど立派な花火が上がり、

子どもにとっては一年で最も心が躍る日でした。


本部道場の渡り廊下の一角
本部道場の渡り廊下。少年時代、ここから修行の時間が始まった。


少年時代のある夏、その花火大会の日に、

私は母に「今日の道場は休みたい。花火を見に行きたい」と言いました。

すると母は穏やかにこう返しました。


「休むのはいいけれど、あんたと演武の練習をしている相方のM君はどうなるの」


その一言で、私は渋々ながら道場へ向かいました。


静寂の道場と、遠くの祭り囃子


道場に着いても、心はまだ花火大会の方を向いていました。

鎮魂行が始まり、瞑目座禅に入ると、道場はシンと静まり返ります。


セミやカゲロウの声が聞こえ、さらに遠く、

多度津港の方角から微かに祭り囃子が流れてくる。


瞑目しながら、私は心の中でつぶやいていました。


「やっぱり花火大会に行きたいなぁ」


基本練習が始まっても、時計ばかりが気になる。

花火大会の開始まで、あと30分。


先生の一言で、心の中が花火大会に


その時、前で基本突きを指導していた先生が突然こう言いました。


「今日は鍛錬のため、御山の展望台まで駆け足を行う」


その瞬間、私の心の中で花火がドーンと上がりました。


「やった。花火が見られる」


展望台に着いたのは、ちょうど花火大会が始まる直前。

御山からは、多度津港の花火が一番よく見えます。

仲間たちと並んで、夜空に咲く大輪の花を楽しむことができました。


“来ると思ったから来た”という仲間の言葉


その日の少年部は、皆そろって道場に来ていました。

もちろん、相方のM君も。


私は心の中でほっとしました。


「みんな来てる。ぼくだけ休まなくて良かった」


花火大会のあと、M君に尋ねました。


「花火、行きたかったんじゃないの。なんで道場に来たん?」


すると彼は、少し照れながらこう言いました。


「ホントは行きたかった。でも、お前が来ると思って来た」


他の仲間も同じでした。


「おまえら来ると思ったから、俺だけ休むの嫌やし」


その言葉を聞いた時、胸の奥がじんわりと熱くなりました。


修行には“ガマン”がある。でも、その先にあるもの


花火大会に行きたい気持ちをガマンして道場に来た日。

でも、そのガマンの先には、仲間との信頼や、忘れられない思い出がありました。


修行とは、ただ技を磨くことではなく、

“誰かのために自分を律する”ことでもある。


展望台から見た花火よりも、 仲間の言葉の方が、鮮やかに思い出されます。



コメント


bottom of page