「夕日」——技の違いと心の風景|道場のすみっこから #04
- sandaminami-doin
- 2022年5月26日
- 読了時間: 2分
更新日:2月1日
【2022年5月26日の記録】
昇段を目指して修練に励んでいる方に向けて、今日は私自身の体験をもとに少しお話ししたいと思います。
少林寺拳法を学んでいると、「先生によって技の説明が違う」「まったく逆のことを言われた」…そんな経験はありませんか? 実はこれ、少林寺拳法“あるある”なんです。
私は、技というものは「夕日」のようなものだと思っています。
私の故郷・多度津では、夕日は海に沈みます。 一方、神戸で育った方にとっては、夕日は山に沈むものかもしれません。 同じ太陽でも、見る場所や天候、見る人の心情によって、その姿はまったく違って見えるものです。
技も同じです。実施者の考え方やタイミング、身体の癖によって、まるで別の技のように見えることがあります。 また、団体での修練が基本とはいえ、指導の本質は「個別指導」。 右に振る癖のある拳士には「左へ」、動きが大きすぎる拳士には「小さく」…その人に合わせた指導がなされます。
だからこそ、今、目の前で教えてくださっている先生の技を「守」の技として、しっかりと受け止め、修練することが大切なのです。
ちなみに、私にとっての「最高の夕日」は、多度津の海岸寺の浜辺から見た夕日。 かつては県下でも有数の海水浴場だったその浜辺から見る夕日は、今でも私の心の原風景です。【道院長 石井】




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