『柔』──武道の奥行きを教えてくれた歌
- sandaminami-doin
- 1 日前
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(道場のすみっこから # 36)
【2026年8月2日の記録】

昭和の歌謡曲には、時代を越えて心に残る歌があります。
その一つが、美空ひばりさんの「柔」です。
若い頃の私は、この歌をただ口ずさむだけで、
その言葉の奥にある意味までは考えていませんでした。
武道の経験も浅く、人生の荒波も知らない頃です。
力強い旋律と印象的な歌詞に惹かれながらも、
それ以上のことは分かっていなかったのだと思います。
年齢を重ね、武道を続け、
人としてさまざまな経験を積むにつれ、
この歌が描いている世界が少しずつ見えてきました。
歌は、単に勝負の強さを歌っているのではありません。
勝負の場での心の持ち方。
社会の中でどう生きるかという姿勢。
そして、そのさらに奥にある、人としての心の修行。
そんな世界が、静かに歌われているように感じます。
若い頃には見えなかったものが、
年月を経て少しずつ見えてくる。
理解したと思ったその先に、さらに深い意味が現れる。
武道もまた、そんな世界なのかもしれません。
技を覚えることが修行ではなく、
その技を通して自分自身を磨いていくことが本当の修行なのだと、
今になってようやく気づき始めています。
歌詞は何十年経っても変わりません。
変わったのは、おそらく歌ではなく、
それを受け取る私自身なのでしょう。
だからこそ、「柔」は今になって、
武道精神そのものを歌った作品のように胸へ響いてきます。
歌には、人の心を励ます力があります。
そして武道にも、人の心を育てる力があります。
その二つが重なったとき、一つの歌は、ただの歌ではなく、
その人の人生に寄り添う存在になるのかもしれません。
そう考えるようになってから、
私はもう一つの歌を思い出すようになりました。
道場で何度も歌ってきた「少林寺拳法の歌」です。
若い頃には気づかなかったその歌の意味も、
年齢と修行を重ねる中で少しずつ違って見えるようになってきました。
そのことについては、次の記事で静かに辿ってみたいと思います。
※参考:「柔」(美空ひばり)
歌詞とあわせて聴くと、 若い頃とはまた違った景色が見えてくるかもしれません。
武道や日々の暮らしの中で感じたことを、 静かな随筆として綴っています。
よろしければ、こちらもご覧ください。


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