花拳繍腿
sandaminami-doin
20 時間前
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(道場のすみっこから # 39)
【2026年10月7日の記録】
来月の三田市総合体育大会に向けて、演武の練習をしている。
何度も練習しているはずなのに、技の順番が頭に入らない。動きもしっくりこない。
年齢のせいかとも思ったが、どうも違う。
稽古の途中、相方と相談して、防具を着けて技を掛けてみた。
すると、すぐに分かった。

自分の技が曖昧だった。
いや、技そのものより、技への向き合い方が曖昧だった。
心のどこかに、
「今回の演武は、この程度でいいだろう」
という気持ちがあったのだと思う。
手を抜いていたつもりはない。それなりに真面目に練習していた。
けれど、防具を着けて少し強度を上げてみると、その曖昧さはすぐに表に出た。
私は、自分が大嫌いな「演武のための演武」をしていたのである。
下手だから、しっくりこなかったのではない。
その前に、自分の技を磨くための練習になっていなかった。
これが昇段試験の演武なら、もっと真剣に考えていただろう。
なぜ掛からないのか。どこが悪いのか。
相方と何度もやり直したはずだ。
後輩たちに、
「形だけではだめだ」
などと言っているのだから、我ながら困ったものである。
防具を外して、もう一度、演武の練習を始めた。
今度は、技の順番を追うのではなく、その技をどう掛けるかを考えてみる。
すると、少しずつ動きが変わってきた。
今、気が付いてよかった。
長くこんなことを続けていたら、それこそ醜態だった。



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